月夜見

    “秋も間近のご拝領?”

           *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
今年は梅雨も半端じゃなかったが、
夏もまた、とんでもない暑さが押し寄せたもんだねと。
いかにも酷暑だと言わんばかり、
毎度毎度、皆して眉をしかめながらのご挨拶をしていたもんで。
食べ物の傷みも早いので、
饐えたような匂いがするなと思ったら口にするなとか。
生水は飲まぬよう、
さりとて、汗をかいたら
足りなくなった分を補うように水は十分採れとか。
暑いからといって水辺で遊ぶときは、重々気をつけなさいとか。
そりゃあもう山ほどのお達しが、
療養所からも町廻りのお役人たちからも発布され、

 『ご領主、ネフェルタリ・コブラ様からのお達しでもある、
  よしか? 心して守るように。』

そうまでの但し書きつきで、
医師殿らのみならず、
与力に同心、岡っ引きや火消しの面々、
僧侶や大家さんまでもが、
近しい人らへ、よくよく言い含め、
根気よく説いて回った甲斐あってか。
このグランド・ジパングでは、流行病も広まらず、
熱病による被害も、まるきりなかったとは言わぬが、
最小限に押さえられたことで、

 「幕府の目付の下の方の連中が、何をどう勘違いしたやら、
  もしや怪しい南蛮渡来の秘術なぞ使こうたのでは?なんて言い出して、
  大目付のレイリー老から、
  “暑気あたりで頭が茹だっておるのか、お主ら”と一喝されたってよ。」

くくと可笑しそうに笑った男は、だが、
話相手のほうは一度たりとも見ちゃあいないし、

 「あら、大目付様はウチの藩へは随分と好意的なのね。」

そっちの方へとくすすと微笑った、
まだまだ暑いこの頃合いに、
それでも濃色の小袖を粋に着こなしている、
黒髪をただ垂らして裾近くで落とし結びにした女のほうも、
背にした柳の向こうには誰もいないかのように、
反対側の川表のほうをばかり見やっておいで。

 「目付といえば、各地の藩の動向を見張り、
  隙あらば難癖をつけたり財政を締めつけたり、
  地力を削ることにばかり躍起になっているんじゃなくて?」

 「さてな。俺ゃあ詳しいことまでは知らねぇが。」

語尾の方は欠伸だか溜息だかが半分混ざったような、
曖昧な声音で言い置いて。
ささやかな木陰からぬうと踏み出したのは、
擦り切れたまんじゅう笠を目深にかぶった、
やたらと体格のいいお坊様で。
錫杖を手にしている雲水姿ではあるが、
その装束もまたどれほど水をくぐって晒されたものだか、
随分とくたびれた装束でおいでなところからして、
僧籍さえ怪しい流浪のぼろんじかと思われて。

  だが、それにしては

笠の下からそこだけが覗く口許は、
顎に結ばれた緒にくくられても見栄え負けせずの、
太々しいまでの強かな笑みを含んでの不敵で雄々しく。
また、その笠の縁を引き下げている手の、
節が立って骨太で重そうな存在感はどうだろう。
よくよく見やれば只者ではないことが重々悟れるのに、
強い陽にさらされ、眩しいほど白く乾き切った漆喰壁を通り過ぎる姿は、
単なる影より気配を消しての、
誰にも見とがめられはしちゃあいない。

 “まあ、この酷暑の中、好んで出歩く酔狂な奴も少ないが。”

日射病や熱中症への解析も、まだまだ整ってはなかったろう頃合いでも、
こうまでの暑気の中を出歩けば、体にはよくないことくらい判りそうなもの。
炎天下の仕事が已を得ない大工や鳶職は、小まめに日陰で休憩を取り。
物売りに船頭などならば、笠を必帯のことと、
やはりお触れがわざわざ出ているとかで。
過保護なもんだと思わなくもないが、
知ってさえいれば大ごとにはならぬなら、分け合うに越したことはないという、
これもまた、先進の知識の公平な共有。

  そして、そういうお達しが行き渡ってのこと、
  昼間はのんびりと、昼寝して過ごす人々が増えた反動か

夜に涼みにと出歩く人が増え、
屋台もどちらかといや、夜中に出る店が増えたとか。
そうやって、人の気配が遅くなっても暗くなってもあちこちに立つせいだろか、
暑さがあんまり関係ないはずの夜ばたらき、
押し込みや空き巣に居抜き、いわゆる“泥棒”の跳梁も、
数にするとぐんと減ったとのことで。

 『夜回りはあんま得意じゃねぇから、俺にすりゃあ大助かりなんだがな。』

顔馴染みってだけじゃない、
このご城下では腕っ節も度胸も随一という捕物上手の親分さんが、
にっぱーと笑ってそんな風に言ってたくらいで。

  とはいえ

そうそう上手いことばかりで世の中は廻らないから困ったもの。
安寧なこの藩が、よほどに平和で裕福なのだろと。
他で凶状持ってしまった善からぬ奴らが、
ある者はほとぼりが冷めるまで、ある者はここで荒稼ぎをしてやろうと、
秘密裏に入り込んで来るから油断は大敵。
気のいい領民をカモにしようと、悪い遊びを持ち込みかねぬ。
博打や酒、女遊びへ、
金をつぎ込み散在し尽くす…なんてのは序の口で。
どんな大分限でも払えっこないほどの無体な借財作らされ、
払えないならと娘を売り飛ばされたり、
ご禁制の荷を捌けと命じられたり。
もっと悪くして城下の噂を集めて来いだの、
一騒ぎ起こしてもらおうかだのと、
いいように扱われる駒にされるやも知れぬ、
特に、ご法度ものの流通を無理強いされたり、
騒ぎを起こせと操られたりは、

 “一昔前あたり、
  先の大目付が こそりとお庭番へ命じていたことがあるとかないとか。”

いつぞやの“若様騒動”の折にちらと出て来た、
悪魔の実を扱っていた謎の学者集団もそうだが。
各藩への勢力を削るための監視と無理無体を、
履き違えているような大目付がたまに輩出されるから困ったもの。
財政悪化や何やと理由となる大義名分はあるのだろうが、
大奥や主幹級の無駄遣いを減らしゃあ、
あっと言う間に解決するよな場合も多いとも聞いており。

 “選りにも選って、俺みたいな筋肉馬鹿に言われてりゃあ世話ないわな。”

おお、しかもご当人が自分で突っ込むほどの情けなさ。
そこまで情けない事情でも、恥と思わず、
下々にしわ寄せしたれとして憚らないのが、
生まれついての上つ方の方々であり。
そうやって生じた“負債”の存在を、どこぞかの藩へ無体を仕掛けてうやむやにし、
しかも、騒ぎを起こしたけじめにと、国替えを命じたり決着金を出させたその上がりで、
見事、負債をも穴埋めして贖おうとしたいうのだから、

 “そこまで厚顔でないと、政治向きのお仕事はこなせないらしいぜ。”

まま、それもこれも風の噂に聞いただけの、何代か前の将軍のころの話だそうで。
今現在の幕府はそこまで意地の悪いことはしない。
レイリー老が大目付に就任されてからこっち、
ややこしい工作がらみで潰された藩の話は滅多に聞かない。
但し…藩主や上席に傲慢乱心の気配あってのこと、
秘密裏に成敗を受けたという話はなくもないらしいが、
そこまでの大事は、上部階級の手練れが請け負う特級極秘任務にあたるので、
ペーペーの誰かさんにまで届くはずもなく。

 “……うっせぇなっ。”

ちろんと場外を睨んだものの、
そんな立場よと低く見られることへの憤慨はないのか、
すぐにもその男臭い口許に皮肉っぽい笑みが戻る。
垂れ込める残夏の大気は、圧迫さえ覚えるほどに力が有り余っており。
さすがに蝉の声は一頃ほどしないものの、
その分そろそろと暦も秋へと移ったはずだろに、
城下の場末から町屋の連なる通りに至っても、
行き交う人影もまばらで、町は不思議と静かな佇まい。
陽に照らされたところは白く浮かび、それとの拮抗の深さを示すか、
軒下や樽の陰、
それから坊様のわらじばきの足元にも、黒々とした影が落ちていて。
ああやはり、まだまだ夏は立ち去らぬようだねと、
切り絵のような風景がそれを物語っていたはずが、

 「…お。坊様だ、ゾロ〜〜〜っ。」

小さな橋を渡っての、職人たちの住まいが固まる区域の手前。
大きくはないが味は抜群と評判の一膳飯屋の前で、
先程ちょいと思い浮かべた岡っ引きの親分が、おーいおーいと手を振って見せる。
足元へは店の膳台の椅子代わりに出来そうなほどの、
高さと大きさのある木箱が据えてあり、

 「ほらこれ、さっきゲンゾウの旦那が届けてくれたぞ?」
 「ほほお。」

特に足を速めるでもなく近づいた雲水へ、
誇らしげに報告したのは、それが彼へのご褒美だからで、

 「あん時はゾロも頑張ってたんだ、幾つか持ってけよ。」
 「おや、気前のいいこったね。」

意外そうに目を見張れば、何だよその言い方と不貞るでなく、
にししと嬉しそうに笑うばかりの親分で。
だってお手柄は二人で立てたからと、そこのところが嬉しいらしいと、

 “…何で気づかんかな、あの鈍チン坊主はよっ。”

店の中から縄のれん越ごし、外を見やって口許曲げてる誰か様。
秋といや行楽や宴席も多くなるからと、
新しい献立を練るのに忙しく、ちょいと夜歩きを控えておれば、

  そんな頃合いのとある晩に、
  ここから遠くないお堀端で結構な騒ぎがあったとか。

その筋からそうとはっきり明言された訳ではないけれど、
出入りの業者のおっさんたちの話を統合すると、
どうやら抜け荷を取り締まるお調べ、一斉摘発があったらしくて。

 『それも、随分と物騒な連中で。』
 『役人相手でもお構いなし、
  だんびら振り回して手古摺らせてたそうでな。』
 『ありゃあ素性が明かされちゃあ不味い筋のお人が黒幕にいた、
  そういう悪事だったんじゃなかろうか。』

例えば、色々と融通の利くお偉い筋の人間が、おこぼれ目当てに一枚咬んでたとか。
若しくは、無駄遣いの多い若様が、自由に出来る金子を制限されての暴走、
悪仲間を引き連れての狼藉はたらく場合もあるとかで。
そっちの場合だと、要領が悪かったがために捕縛されても、
級によっちゃあお目こぼしがなくもないらしいのだが、

 『どうだろうかねぇ、そういう手合いだったのかねぇ。』
 『だって、あの麦ワラの親分が大活躍してたってぇからさ。』
 『そうそう。
  派手な捕り物になってたから、隠すなんてまずは出来っこねぇもんよ。』

現にこうして、昼間日中という明るいさなかに、ご褒美を荷車で運んでくださったゲンゾウの旦那だったのだし、と。
かざぐるまの板前さんは、そこまでしか洞察し切れなかったのだが、

 “実は、親分のノーコン再びだって判ったら、
  あの眉毛野郎はどんな顔するんだろうな。”

月夜の晩に、とある回船問屋の裏手で起こった捕物騒ぎは、
実は実はご公儀が構えたそれであり。
他所の藩の中枢に関わりのある人物の企て、
明らかにしてはその藩にも要らない傷がつくからと、
一斉検挙で全員を召し捕り、速攻で国元へ送り返すという、
無かったことにするべくの畳みかけだったのに。

 『…哈っ。』
 『ぎゃあっ!』

本来の得手である、大太刀振るっての大殺陣回り。
何も人を斬るのへ悦楽感じる身じゃあないが、
必死で斬り込んでくる相手が、
追い詰められての切迫からだろ、実力以上の太刀さばきをぶつけてくるのを、
ガツガツと削り、叩き伏すのは痛快で心地がいい。
手練れが相手のときほど呼ばれるお庭番の雲水さんであり、
その晩の相手も、なかなかに練達が揃っていたが、

 『道場じゃあそれなりの腕だったかも知れねぇが、
  本身持っての命のやり取りは蓄積がねぇな、お前ぇら。』

破れかぶれか、一斉に数人がかりで打ち込んだところが、
まずはその威勢へ慄いて逃げるか、深手を負わせられたのに。
その雲水はどちらでもなく。
左右の双手で甲へと筋立てて握りしめた二振りの太刀にて、
十近くは降っただろう太刀筋すべてを拾っての。
指し渡した刃や峰に、相手の切っ先受け止め切ると、
途轍もない膂力にて、せいっと全部を弾き飛ばしてしまい。
めきめきと筋骨が盛り上がった背や肩の雄々しさ、
二の腕の強靭そうな張り詰めようへ、
半数近くがあっと言う間に戦意を失ってしまったほど。

 『…こ、こんのっ!』

やけっぱちだか、捨て鉢だか、
破れかぶれという勢いで、太刀の柄頭を腹にとあてがって構えたそのまま、
体当たりよろしく突っ込んで来た手合いがあったのへ、

 『ち…っ。』

出来れば怪我も少なく搦め捕ってほしいという要請だったが、
相手が捨て鉢では加減にも限度がある。
正気の眼ではないようだったから、
もしやして荷の中身に手をつけてた馬鹿者かも知れずで。
そんな…自身の身を庇う防御を一切見せぬ、変則の突きで躍りかかられては。

『こりゃあ痛い目見させることになんな。』

避けにくい不意打ちなればこそと、太刀を加減なしのまま横薙ぎにしかけたところが、

 『ゴムゴムのピストル…っっ!!』

びゅんと風切る何かの突進と、どっかで聞いたことのあるお声とが、
坊様の前面を疾風のように駆け抜けてって。

 『ぐわぁっっ!』

自分での後ずさりや、何かへの体当たりくらいでは、
ああまで人は吹っ飛ばんぞというほどの。
それは思い切りのいい瞬発力でもって、
夜空を滑空してった浪人もどき。
月まで届くかと小手をかざして見送れば、

 『無事か! 坊さんっ!』
 『お陰さんで。』

ここの回船問屋で妙な動きがあんのは俺も眼ぇつけてたが、
さすが侍に縁のある坊さんだな。

  はい?

ここの手代がな、役人へ まいない掴まして、
荷物の一部を申告しねぇで取引してやがったんだと。

  ははあ…

まいないって判るか? 袖の下、賄賂のことだぞ?
そんなん握らして、こっそりくすねた荷を、
横流ししてやがってよ。
旬の味を早々出されちゃあ、まっとうな商売屋は敵いっこねぇじゃんかよな。

  ……親分親分

なんだっ

  その、横流ししてる荷物ってのは

梨とか栗とか葡萄だ。
西の国ではもう穫れてんだと。早ぇえよな…と。

ぐぐっと拳を握っての力説くださったルフィの手も加わったことで、
幸いにと言っていいのか、一味にほぼ怪我もさせぬまま、取り押さえることに成功し。

  そんな捕物への褒美だからと、
  町方支配のお奉行様経由で、領主コブラ様から賜ったのが、
  お小遣いにという金子とそれから、
  大きな木箱に一杯の、旬で美味しい 梨と栗。

サンジに栗おこわ作ってもらうんだ。
あと、梨は早く喰わねぇとアシが早いからな。
坊さんもいっぱい喰えな…と。
そりゃあ屈託なく笑う親分だったのへ、

  “……まあ、いいんだけどもな。”

こうまで嬉しいのは、果たして御馳走を山盛りいただいたからか、
それとも、その何だ…大好きな坊様の窮地を救えた達成感からか。
どっちにしたって可愛いもんだと思ったのが坊様ならば、
何だか怪しい雲水は、その腕を威張ってのこと、ロクな喧嘩をしないから。
下手打ちゃ怪我を負ってたかも知れぬと、親分を案じてやまないのが板前さんであり。


  「ところで、松前ってのはここよりそんなに西の国なんか?」


  ………お後がよろしいようで。




   〜Fine〜  10.09.07.


  *いやもう暑いなんてもんじゃあない関西です。
   これって10月まで続くのだそうで、
   親分、何とかしてください!


感想はこちらvv めるふぉvv

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